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網膜剥離(2007/08/22)
手術(2007年08月24日)
診察(2007年09月12日)
診察(2007年10月01日)
診察(2007年10月29日)
目の充血(2007年11月22日)
診察(2007年12月3日)
レンズの調整(2008年1月4日)
診察(2008年2月25日)
最終検査(2008年9月1日)

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2007年8月24日に網膜剥離の手術を行なった。
突然の目の異常、発病、手術、そして現在の治療の様子を綴る。
診療費用の明細を公開しています。左のリンク欄から「診療費用」をクリックしてください。
網膜剥離(2007/08/22)

突然ですが、このサイトに私自身の網膜剥離に関する記録を載せることにしました。

1ヶ月前から何となく左目が見えなくなってきたので、おかしいと思っていたのだが、仕事も一段落した昨日(8/21)、仙台市泉区にあるシオノ眼科で診察してもらったところ網膜剥離の診断をされた。

この病院では手術はできないので、東北大学病院宛の紹介状を書いてもらった。

変化は最初に飛蚊症の症状があって、黒い粒状のものがみえだした。時期的には虫歯治療が始まった時期と重なるので、治療中の大きな衝撃が目に負担が掛かったのかもしれない。診断では網膜裂孔(もうまくれっこう)と呼ばれる網膜上の孔が眼球の下部に見つかったそうだ。

今日は大学病院へ向かい詳しく調べてもらう。

東北大学病院は初めての病院なので戸惑うばかりだった。初診は午前8:30からの受付なので少し早めに到着したが、すでに受付待ちの人でごった返していた。世の中の重傷者はみなこの病院へ向かうのだろう。

受付では病院関係者か、またはボランティアか、親切に書式への記入方法を教えてくれた。書類一式を透明ファイルに入れて投函する。しばらく待合室で待つと名前を呼ばれカルテができたので4階の眼科へ向かうように促された。どうも初診の患者用にコンピュータへID登録を行っていたようだ。この後は全て同じIDを用いて病院内にばらばらに設置されている検査場で検査を受けることができる。非常によくできたシステムだ。最後の支払もキャッシュカードまたはクレジットカードで直接支払ができる。

眼科の廊下にはたくさんの人が名前を呼ばれるのを待っている。私も受付で書類を渡し、廊下でしばらく待っていた。多分、このとき午前9時ごろだと思う。最終的に病院を出たのは、午後1:30だった。

名前を呼ばれ診察室に入ると、はじめに視力検査を行った。眼鏡屋で行う検査と異なり、昔ながらの距離を隔てて視力を検査する方式だ。右目は予想通りだが、左目は上から幕がかかっているようで見づらく、ほとんど視力がなかった。その後で、眼圧の検査を行った。検査の機械は眼球に高圧のガスを瞬時だけ吹きかけるような方法だった。

このあとしばらく待たされた後で、ようやく医師の診断を受ける。東北大学病院の眼科では、同時に8名の医師が診察するようだ。8箇所のブースが並んでおり、私は7番目のブースの前で待った。

医師は30代半ばの若い医師だったが、医師にありがちな尊大な態度は全く無く好感をもてた。眼底検査をするのだが、予め目薬で瞳孔がいっぱいに開いている。光がいっぱい入り、疲れ易い。医師はレンズを用いて眼底の状態をかなりの時間を要して調べる。

最終的に網膜剥離の診断を下す。すぐにでも入院して手術する必要がある旨を告げる。私は入院の期間を聞いたのだが、回答は2週間だった。月末から月初めに掛けて入院期間が掛かることになるので、仕事の状況を考えると伸ばしたいところだ。

しかし、医師は一刻でも早い手術が必要とのことだったので、通常の業務を諦めた。客先にも説明して2週間ほど待ってもらうしかない。幸い、LAN移転工事も先週に終了し、システムも安定して稼動している状況なので、私が2週間不在でも何とか乗り切れそうだ。最終的に明日からの入院を受け入れる旨、医師に告げた。

その後、眼底の写真撮影、血液検査、レントゲン撮影、心電図測定を行ってようやく終了した。

診察料は5160円だった。紹介状があったので通常より3000円ほど安いそうだ。

手術(2007年08月24日)

看護師が病室を訪れ、家族の前でいよいよ手術室へ向かう旨告げた。私は緊張していないつもりなのだが、生まれてはじめての手術なので多少顔が強張っていた。看護師は車椅子を勧めてくれたが、私は体が大きいこともあり自分の足で手術室へ向かった。病室のある12階からエレベータで3階にある手術室へ移動し、手術室のカウンターで看護師が交代した。ここから車椅子で手術室へ向かうことになる。

はじめに看護師から名前と生年月日を聞かれた。カウンターから眼科の手術室へ向かう間、車椅子で部屋の内部を見たが、大きな食品工場のような様相だ。トレイがいっぱい並んでおり、窓が無いため暗く感じる。この大学病院では同時に多くの手術が行われる。

私が手術室に到着すると、担当医、執刀医のほかに補助の医師や看護師が5名ぐらい居た。ベッドに寝かされて補助の医師からどちらの目を執刀するか尋ねられた。私は左目と答えた。看護師からは気分が悪くなったときのために、左手に人形を持たせられた。握ると変な音がする。目の洗浄後、局部麻酔の注射をまぶたの下に打たれた。この後、麻酔薬を直接目に注がれ、顔に覆いを被せられた。左目の手術だが、右目は薄い膜で覆われ、手術の様子を見ることができない。多分、見えないほうが精神的には良いのだろう。

自分の左目に器具が填められ動かないようにする。いよいよ手術が始まったがどのように行われているか知りようも無い。目の中で何かが動いていることを感じる程度で、傷みも全く無かった。

手術中は驚いたことに男性ポップスの音楽が流れていた。軽音楽やクラッシックなら分からなくもないが、あまり手術にはふさわしくない音楽のような気がする。後で聞くと患者が音楽を選ぶことができるそうだ。手術中は何となく歯医者で治療を受けているような緊張感で、手足が固まっていた。痛くなるのではないかと想像することで緊張するのだ。

手術は1時間で無事終了した。執刀中、他の手術を手がけている医者が執刀医に相談する場面に出くわした。大学病院らしく、単なる医療行為だけでなく研究機関でもあるわけだ。

手術後、家族が待つ病室に戻ったが手術をした実感に乏しい。とにかくお昼から絶食していたので腹が空いてしょうがない。看護師が遅い夕食を持ってきてくれたが、夜の8時を過ぎていた。このときは個室の病室だったので、手術の様子を家族にいろいろ話して聞かせた。まずは安心した。

入院期間は2週間だったが、支払った医療費は21万円だった。個室に6日間居たことが響いている。4人部屋ならば14万円ほどの費用で済んだことになる。手術後の左目は、網膜が元の状態に戻り見えるようになったのだが、以前よりは小さくかつ歪んで見える。これが網膜剥離の後遺症だ。今後どの程度回復するかは分からないが、予断は許されない。

診察(2007年09月12日)

退院後一週間がたち、最初の大学病院での診察があった。予め予約がしてあったので指定された午前9時ごろに大学病院へ着いた。

はじめに視力検査があったが、手術した左目の視力は余り回復していない。それでも全く見えないよりはましだ。しばらく待たされた後、担当医による診察が始まった。1週間ぶりで担当医の顔を拝見し、安心した気分になった。まだうら若き女医が担当医なのは、非常に幸運である。

診察では特に異常は発見されなかった。また、目薬を3種類各1本指定された。病院の医療費は1500円で、薬局で買った目薬も1000円以下だった。会社には10時前に戻った。

点眼液は次の3種類だ。

  1. クラビット(1日4回
  2. リンデロンA液(1日4回
  3. ブロナック(1日2回)
診察(2007年10月01日)

今日は退院後2回目の診察日だ。

視力検査をはじめに行ったが、前回よりも視力が少し回復しているのが自分でも分かる。前回はものの見え方に歪が多くて、丸にスリットの入った記号のスリットの方向が分かりづらかった。今回は矯正で0.3ぐらいは見えていると思う。

視力検査後、網膜の断面図を測定した。この機械は初めてだが、中央の赤い点を見ながら少し時間を掛けて測定していた。原理は分からないが、これで断面図を作成できるのなら便利な機械である。

執刀医師(国方医師)より診察を受ける。網膜はしっかりと付いているとのことで、少し安心した。次回の診察は12月3日で少し間があるが、その間、この病院を紹介した開業医に定期的に通うように言われた。

目薬は特に支給されなかった。前回の診察で支給された目薬はまだ十分に残っていた。

診療費は1300円だった。

診察(2007年10月29日)

最初に網膜剥離の診断を受けたシオノ眼科にて、2回目の診察を受けた。大学病院での診察を含めると退院後3回目の診察となる。この病院は大学病院と違って、子供の患者が圧倒的に多い。目に問題を抱える子供が多いのだろう。

診断では左目の剥離は問題なく直っているとの事で安心した。視力も多少改善していた。医師は1年ぐらいで完全に回復した人もいると、慰めてくれた。しかし、大学から送られてきたカルテでは右目も剥離の兆候があると書かれていたそうだ。

残念ながら右目については、瞳孔を拡大する薬を点けなかったので2週間後に再診察を受けることとなった。今日は車で医院で来たので、両目とも瞳孔を拡大する薬を点けることは出来ない。この薬を夕方に点けると眩しくて車の運転に支障を来たす。

目薬については、クラビットを新たに処方してもらった。リンデロンA液に関してはもう点ける必要は無いと言われた。むしろ、医者はなぜまだ点けているのという話し振りだった。私は好きで点けている訳ではない。大学の医者から特に指示が無いので点けていると反論した。クラビットとブロナックを引き続き、点眼することとなった。

虫歯の治療に関しては問題ないと了解を貰った。長らく中断していた虫歯の治療を再開できるのは朗報だ。

診療費は1680円。

クラビットは500円だった。

目の充血(2007年11月22日)

今朝起きて鏡を見たら、手術した左目の目じりが充血している。多分、昨夜風呂に入って頭を洗ったときシャンプーが目に入ったのだと思う。気をつけなくては。目の充血は二三日でひけた。 仕事のやりすぎで目を使いすぎたのかもしれない。何とも脆弱な左目である。

診察(2007年12月3日)

今日は東北大学病院における退院後3回目の診察日だ。

午後2時から視力検査、眼球の断面測定と続き、医師による診察が始まった。

特に網膜剥離に関する言及は無かったが、視力が0.4まで回復しないことを心配していた。元々、視力が弱かったのでこんなものかと思ったが、もう少し見えるようになると助かる。

以前の半分程の視力しか回復していないが、生活にはそんなに支障は無い。次回は、来年の2月に行なわれる半年検診と、1年後の検診で終了するそうだ。診療費は1130円だった。

レンズの調整(2008年1月4日)

網膜剥離の手術から4カ月が過ぎ、左目の視力が思うように回復しないまま、眼鏡のレンズを交換することにした。もともとメガネは遠距離用と中近距離用の2種類を持っていた。手術した左目は中近距離用のレンズが遠距離に焦点が合い、遠距離用のレンズは左右とも合わなくなってきていた。

そこで遠距離用の眼鏡のフレームを残し、レンズを取り換え、中近距離用の眼鏡として利用することにした。これで今までは右目でしか新聞の文字やパソコンのモニタを見ていなかったものが、左目も多少利用できるようになった。

また今まで中近距離用として利用していたメガネは右レンズのみ遠距離用のレンズと取り換え、おもに車の運転に利用することにした。車の運転では左目で物を見たいたものが、右目も利用して見るようになった。

新しい中近距離用の眼鏡を利用すると、右目を主として左目は右目を補佐するように物を見るようになった。手術した左目は、相変わらず歪みが酷く、文字を見ると所々で欠落して見える。パソコンの液晶モニタに例えれば、かなりドット落ちしているような状態だ。文字の一部が欠け歪んで見えるので、左目だけだと小さい文字の判別が難しい。しかし、大きな文字だと問題なく読める。

左目の視力の回復に関する良い方法がなかなか見つからない。たまに右目に眼帯をして左目だけで文字を読むようにしているのだが、それでも急速な視力の回復は難しいようだ。

レンズの交換にかかった費用は、レンズ1枚6300円だったので、3枚合計で18900円だった。

診察(2008年2月25日)

今日は東北大学病院における退院後4回目の診察日だ。手術後、半年後の定期検診となる。

午前10:30に眼科のある病棟に到着したが、月曜日のせいか、廊下の待合室は診察を待つ患者さんでいっぱいだった。

私は比較的早く呼ばれて、視力検査、医師による診察が始まった。

医師から網膜はしっかりついており、経過は順調と聞き、大いに安心した。視力はあまり回復していないが、生活にはそんなに支障は無い。次回は、9月におこなわれる1年後の検診で終了だ。今日の診療費は1130円だった。

最終検査(2008年9月1日)

昨年(2008年)の8月24日に網膜はく離の手術を行い、今日(9月1日)東北大学病院で最終検査が行われた。いつもは一杯の待合室は意外に空いており、それでも1時間ほどかかり検査を終了した。

医師からは特に問題ないというお墨付きを頂戴し、安心した次第である。しかし、大学病院での診察は終了しても町医者での診察は継続するようにと注意された。町の眼科医では子供が多く、なかなか自分の順番にならない。治療でもないのでこの医者の所へ行く気になれない。異常があればすぐに行くのであるが。しかし、予防保全の見地から定期的な検査はやはり必要なのだろう。

今回左目の網膜はく離の手術の結果は順調だということだが、視力は前のようには戻らない。どちらかというと残った右目の状態が心配だ。すでに右目も網膜剥離の兆候が表れている。大事にしなければ。

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